こんにちは。「木の家づくり応援団」、浜松市の大林勇設計事務所です。
設計の合間を縫って機会を作り、私はよく「街歩き」に出かけます。それは単なる気晴らしではなく、設計を仕事とする実務者として「単体の建物ではなく、街並みの心地よさ」を再確認するための大切な時間でもあります。今回は、私がこれまでに歩いた風景や、そこから学んだ「暮らしのデザイン」への想いを書いてみようかと思います。
車では決して見えない「脳に入る情報」
現代は車社会ですが、私は「自分の足で歩くことで初めて脳に入ってくる情報」を大切にしています。
先日静岡県建築士会西部ブロックの街歩きで、最近天竜区の二俣の街を訪問しました。 現在は人口減少の一途を辿っている街ではありますが、林業が元気で街の景気が良かった頃の面影がいくつか残っていますし、その中でも若者が古い建物を借り受け、新しい商売を始めている様子を見ることができました。 本数は少ないですが、天竜浜名湖鉄道のワンマンディーゼル車が二俣本町駅に到着すると、今どきの若者がぞろぞろと10人ほど下りて、カメラを手に楽しそうに談笑しながら二俣の街に消えていきました。 この街や天竜浜名湖鉄道がSNSでジワジワと浸透して、突然ブレイクするのではないでしょうか。
また、かねてから小分けでチャレンジしている旧東海道をたどるジョギングも興味深い楽しみで、元気のある方には是非オススメしたい街歩きです。 先日は、沼津に車を止め、三島、箱根、小田原の「箱根超え」もしました。 昔の旅人を思いながら富士山が見えたり、ボコボコの石畳に体力を削られ、箱根湯本を超えてたどり着いた小田原の街並み。 山縣有朋の旧別荘や「虎に翼」のモデルとなった、三淵嘉子さんの旧三淵邸、歴史のある旧内野醤油店など、全くマークしていなかった街並みに心踊る出来事でした。
本当に申し訳ないですが、今まで小田原城・かまぼこ・箱根駅伝の小田原中継所くらいしか具体的に思い浮かぶイメージがなくて。 実際、旧東海道を超えて辿ってみると、温暖な気候に恵まれた風光明媚な土地で古くから多くの文化人や政治家の別荘地として愛されてきたことが容易に推測ができる歴史ある街並みでした。
「辿り着くまでのプロセス」が感動を鮮明にする
二俣の街は、私にはあまりにも近いですが、旧東海道巡りなど私の街歩きは、昔からイージーな散歩ではなく体力任せの時もあり、若い頃は過酷な旅になることもありました。 かつてスイスの山奥にある「聖ベネディクト教会」を目指した時は、雨の中、20キロのバックパックを背負って無人駅から50分も坂道を登りました。ガイド付きのバスで乗り付けるのは簡単なのですが、苦労して自らの足で辿り着くからこそ、その建築のロケーションや受けた感動は、何年経っても色褪せることなく鮮明に思い出すことができるというのが持論です。 特に起伏は体が覚えているので、視覚と地形がリンクして私の心に記憶されています。
土地に根ざした建物が、美しい街並みをつくる。
きれいに四角に区切られた分譲地のほうが、不動産市場では売りやすく買いやすい商品となりがち。 ただ、設計者としては設計する手間はかかりますが、変形地や傾斜地に魅力を感じます。設計のスキルも発揮することができ、魅力的な景色を作ることも可能。
街を歩く中でいつも心に留めていることがあります。 それは、「家は個人の所有物だが、それがつくり出す景観は公的な財産である」ということです。 近所で古い家が解体される光景を見ると、胸が痛みます。たとえお世辞にも美しいとは言えない建物であっても、そこには誰かが暮らし、時を刻んできた確かな証があり、今まで景色を作ってきたのです。
当事務所が天竜杉や漆喰といった自然素材にこだわるのは、時を経て「美しく古びる」建築こそが、100年後の街並みを豊かに彩ると信じているから。
家を建てることは、単に「ハコ」を買うことではなく、自分や家族がどう生きたいかを意識するプロセスです。 もしあなたが、住宅展示場の営業ノルマや既製品の組み合わせに違和感を抱いているなら、ぜひ一度、当事務所を「家づくりの駆け込み寺」として訪ねてみてください。
図面を書くだけでなく、実際に現場で手を動かし、街を歩いて培った感性をもって、あなたが永く愛着を持って住みこなせる「最高の仕立て」を共に見つけていければ幸いです。
