旧東海道を歩く、走る旅

※とある所にフリーテーマで寄稿することになり、原稿を書いてみました。

 

今もかすかに残る、旧東海道の連続性を楽しむランニング

 

 40歳を過ぎた頃から、健康診断の結果が気になり始めた。 きっと私だけではないだろう。 増える体重が気になり、運動をしなくてはとの思いは周りも同じで、チームを組んでミニ駅伝に参加したのが、私の中年ランニング生活の始まり。 それからハーフマラソンに始まって、フルマラソン、挙げ句の果てに100キロウルトラマラソンにまで参加し、故障することもなく体重も10キロほど減り、食事もお酒も美味しく楽しみながら現在に至っている。

 

 3年ほど前、お客さんから愛知県の有松絞染の手ぬぐいを頂いた。その時初めて、有松という地名と絞染で有名な町だったことを知り、家族でドライブに出かけた。 伝統的建造物群保存地区制度及び町並み保存地区制度に基づき保存された、歴史的な町並みにすっかり心を奪われたことを記憶している。

 

 有松のような古い町並みは他にも残っているのか、地図を見ていると旧東海道の文字が目に入ってきた。 今でも断片的ではあるが随分と名残は残っているようだ。 宿場やら本陣やら今まで気にも留めていなかった文字が気になり始めた。 旧東海道を辿りながら自分の脚で走ってみたらどうだろうか。 定年後の楽しみとして東海道ウォーキングにチャレンジする先輩方も多いと聞く。実際、小さなリュックを背負い、右手に地図、左手にペットボトルを持ちながら、ウォーキングを楽しんでいる姿を目にする。 私の場合は定年までにはまだ少し早いが浜松から名古屋ならばJRも名鉄もほぼ並行して走る区間、趣味の世界の遊びなのだからトコトコ走って嫌になったら途中で電車で帰ってくればいい。 試しに、湖西市の新居町駅から、あつた蓬莱軒(ひつまぶしで有名)近くの旧東海道の熱田の船渡し場までグーグルマップでざっとルートを測る。 すると90キロ。100キロまでは経験済みだからそれほど無謀な計画でもないだろう。

 

 もちろん仕事もあるので翌日へのダメージも気にしなくてはならない。平日に寝込むようなことがあれば、家族の冷たい目線はおそらく容赦ない。 決行日は天気予報と予想気温を入念に調べながら、GWのとある日に決めた。

 

 他人にはどうでもいい自己満足の世界に陶酔するには、気持ちの盛り上げが必要だ。そこで江戸から数えて31番目の宿場、新居宿の旅籠紀伊国屋から41番目の宿場、宮宿(熱田宿)まで急ぎ足で旅する旅人気分を楽しんだ。 ただ、旅の相棒は事前に入力したナビデータをダウンロードしたGPSウォッチ。便利な世の中である。予習には「ちゃんと歩ける東海道53次(山と渓谷社)」を使用した。東・西に分かれており、電子書籍もあり、歴史的資料も兼ねており、旧東海道ウォーカーにはおすすめの参考書だ。

 

 新居宿を出発し、潮見坂を振り返りながら旧東海道を進んでいくと、今まで何度も通ったことのある二川宿(33番目)が途端に本当の宿場のように思えて来るのは不思議なものだ。昔の旅人のように座ってお茶でも頂きたいところだが、先を急ぎ豊橋(34番目吉田宿)の街を抜け、豊川を渡る。

御油の松並木、赤坂宿(36番目)のあたりは、歴史を感じさせるものが多く残っており、魅力的。その先は現在は国道沿いに道の駅の整備もされているが旧道をたどって藤川宿(37番目)を進むのも趣がある。

 

 大河ドラマの影響もあり、この先の岡崎市も浜松市と同様に盛り上がっている。旧道沿いに岡崎宿(38番目)を歩くには、「岡崎宿27曲がり」を攻略する必要がある。くねくねと屈折の多いこの道は、城下防衛とともに、街道筋をわざと曲げて長くし店舗を並べて旅人たちにとどまらせる経済効果を狙った道として作られたそう。現在ではい・ろ・は~の観光目印看板があるので、楽しみながら街歩きができるが、私のように小走りではそれでも迷ってしまうほど。 他にも岡崎市は見どころが多く、2019年にリニューアルされた市民憩いの場、籠田公園もパーゴラやウッドデッキが整備され、市民で賑わっており、視察をオススメしたいエリア。

 

 岡崎宿を抜け、この先はかろうじて緩やかに曲がる街道の様子、点在する松並木など注意していないと旧東海道を見逃しそうになるほどで、気が抜けない。池鯉鮒宿(ちりゅう・39番目)と鳴海(40番目)の間に数ヶ月前にドライブで訪問した染め物の街、有松がある。 自分の脚で再訪するのもいとをかし、である。 こうして街道を連続して走ってみると、昔の大名や旅人が故郷への土産に絞りの手ぬぐいや浴衣を買い求めた気持ちが分かるのも、このひとり小旅行の収穫。

 

 GPSウォッチの残りの距離を見ると、当初の予定のゴールまで残り10キロ。ここまでくれば、ゴール宮宿はすぐだ。 現代の茶屋「すき家」で消費したカロリーを牛丼大盛で補う。

 

 道幅が狭く、おそらく車で通ることは二度となさそうな道を抜け、スタートから10時間ほどで、ひつまぶしの香ばしい香り漂う、あつた蓬莱軒の横を通って宮宿(41番目)に無事到着。ほぼ予定通りに、当初の目標をクリアした。 なお、夕刻にはあつた蓬莱軒の整理券が残っておらず、ひつまぶしの思い出は香りだけだったことも記しておきたい。

 

 このあと、すっかり旧東海道めぐりが楽しくなった私は、舞阪宿(30番目)→島田宿(23番目)、島田宿(23番目)→吉原宿(14番目)も攻略し、計3日で約220キロ踏破。 この先は東の箱根峠、西の鈴鹿峠という東西の難所と対峙し、東京日本橋から京都三条大橋まで足跡をつなぐのがこの先の楽しみである。

 

 皆様も「是非全線制覇を!」とは言いません。 体力づくりと知的好奇心の充足のため、一部でも体験してみることをオススメします。